広がる「地雷系」の先駆者となったヒロシン
「病み系」ファッションアイコンとしてのヒロシン
2018年〜2019年当時の「病み系」メイクは現在ほど広く市民権を得ているものではなく、むしろ特徴的でやや変わったメイクとして注目されていたスタイルであった。そんな「病み系」の星として颯爽と登場したのが2人組YouTuber・叶と姫乃である。2人は最初ピアス好きYouTuberとして動画投稿を開始し、毎日メイクや互いのメイク交換、自撮りの加工といったビューティ/コスメ/ビジュアル系の動画も発信するようになり、これが一気にヒット。ピアスにしてもメイクにしても、「病み系」のカルチャー・スタイルの先頭に立って発信を行うインフルエンサーは当時まだ珍しく、さらには作り込んだメイクを躊躇いなく落としてスッピンを晒す2人の自然体なキャラクターもあって同世代・同性の支持を集めたのである。
前回の結成経緯で触れたように、「叶と姫乃」チャンネルのファン層は悲撃のヒロイン症候群結成当初のファン層の大きな基盤となっている。そこに2人と同様にインフルエンサーとしての経歴や才覚を持つ3人のメンバーが加わり、アイドルグループとしてさらなる求心力を得たのがヒロシン、というわけである。
ヒロシンデビュー後、2019年7月に発表されたブランド「アマツカミ」の2019 S/Sコレクションでは白雪姫乃、夜宵の2名がモデル起用されるなど、文字通りファッションアイコンとしても活躍を始めている。この時のキービジュアルは2人がそれぞれ「闇」「病」と大きくプリントされたTシャツを着ている、まさに直球に「病み系」なものである。
「地雷系」の登場と定着の理由
「病み系」、のち「地雷系」ファッションは新宿歌舞伎町、特にTOHO新宿ビル横にたむろする若者たち、通称「トー横界隈・トー横キッズ(TOHOキッズ)」のカルチャーと結びつきが深い。彼ら彼女らの多くが「病み系」スタイル派生のファッション/メイクに身を包んでおり、これが「地雷系ファッション/メイク」として少しずつ浸透していったのである。この「TOHOキッズ」が現れ始めたのが2018年ごろと言われており、2019年〜2020年代始めにかけてその名称が全国区に広がっていく過程はちょうどヒロシンの活動時期と一致している。
さらに、2020年代に入って「地雷系」スタイルが世間に広く浸透した経緯には、実ははっきりと分かりやすい転換点が存在している。新型コロナウイルス感染症の流行である。マスクをつけての外出が当たり前となった社会において、マスクをしていても効果を発揮する目元をアクセントポイントとするメイクとして「病み系メイク」、後の「地雷系メイク」が注目されたのである。さらに、巣篭もり需要としてYouTubeなどのオンラインコンテンツが人気を集めたことが重なり、美容系YouTuberやタレントらが「地雷系メイク」のノウハウを紹介した動画が再生数を伸ばしてこのスタイルが一気に市民権を獲得していった。そしてこの業界において先駆者として既に地位を持っていたのが「叶と姫乃」である。
それまでにも「毎日メイク」などのタイトルで複数回メイク動画を上げていた2人も、「盛れる!地雷系女子の量産型メイク♡」(白雪・2020年6月7日)「地雷女子のメンヘラ病みメイク♡【毎日メイク】」(蒼井・6月14日)のタイトルでそれぞれ「地雷系・量産型メイク」の動画を投稿。他のインフルエンサーのコンテンツが「流行に乗っかる」企画としての発信となっているのに対して、2人にしてみればいわばホームグラウンドのカルチャーが流行になり、「地雷系」という名称の方が後から付いてきた形になっていたわけである。
当初は精神性を表した言葉であり、メイクにしてもファッションにしても「病みを表現するため」のスタイルであると説明されることの多い「地雷系」であったが、こうした時代潮流の中でよりシンプルに実用的でかわいいスタイルとして受容されていく。その過程において、「地雷系」というワードの定着以前、まだこれらが個性的で物珍しいスタイルであった時期からアイドル・YouTuberとしてそのカルチャーに身を置いていた「叶と姫乃」やヒロシンは、シーンの旗振り役として大きな影響力を持ったのである。メンバーらもこの点については自覚的であったようで、コロナウイルス到来直前となる2020年始めに公開されたインタビュー*3では蒼井叶が「世の中には濃いお化粧や個性的な格好をしたくても、勇気がなくてできない女の子がかなりいて。そういう子たちが私たちのことを見てファンになってくれるんだと思います。」と発言している。
*3 https://natalie.mu/music/pp/heroines