「地雷系」「病み」コンセプトが打ち出す“強くない女性像”
では「病み」や「闇」を表現する楽曲の歌詞やコンセプトメイキング、という観点ではどうであろうか。これまでに高い同性人気を集めた女性アイドルグループの系統といえば、“16ビート”に象徴される堅実なスキル主義と強い自主性を提示したハロー!プロジェクトシリーズ、AKB48のカウンターとして「私立の女子高(の雰囲気)」と言われる独自のポジションを築いた乃木坂46、指原莉乃による同性目線の作詞やプロデュースが特徴的な=LOVEを筆頭とする「イコノイジョイ」グループ、同性が憧れる強い女性像を意味する「ガールクラッシュ(ガルクラ)」という言葉を生んだ“第3世代”以降のK-POPグループなどが挙げられ、その最新地点に位置するのが上述したKAWAII LAB.が牽引する「かわいい系」シーンであると考えられるが、ヒロシンが女性支持を集めた方法論はこれらのいずれとも異なる。ヒロシンがグループテーマとして掲げているコンセプトは次のような文章である。
「悲劇のヒロインぶるんじゃねぇ」なんて言われたって、
悲劇のヒロインに浸ってないと生きてはいけないそんな時もある。
そんな、悲劇のヒロインを気取った女の子達は立ち上がった。
歌でダンスで想いを伝えたい。
そして、いじめ、差別などの攻撃から世の中の悲劇のヒロインを救いたい。
少しでも私達の歌で明日生きる力になれたら、明日と戦う勇気になれたら。
全ての悲劇のヒロインに幸せが訪れますように。
悲撃のヒロイン症候群 コンセプト
(公式サイトより)
ヒロシンが救いたいと眼差したのは「悲劇のヒロインに浸ってないと生きてはいけない」人々である。既に述べたように当初は“病み系”を標榜して売り出しており、たとえば「ボクはここにいる」では〈今、ボクはここにいると叫びたい/けど、無理なの。〉、「LOVE YOU KILL YOU」では〈永遠の愛を誓って私の為に死ね〉と歌う。ハロプロやK-POPの“ガルクラ”が描く「1人で生きていける強い女性像」や、近年の「かわいい系」が積極的に提示する“自己肯定感”とは根底から異なる主人公像である。“病んだ”地雷系女子たちのロールモデルはむしろ1人では生きていけず、自己を認められず、重い愛を求め、決して強くはないのである。そんな人々を、強さによって引っ張っていくのではなく、むしろ同じ痛みを抱えた立場から寄り添い、共にどうにかして戦う道を提示していく。それがヒロシンの示したアイドル像である。
そしてこの観点ではその共感性の射程に入るのは同性だけに限られない。〈私の為に死ね〉という感性は極端に感じられるかもしれないが、ヒロシン楽曲で表現される悲観的で内向的な不安定さや、それでもそこから這い上がろうとする反抗心はメンバーと同年代の若い世代にとっては男女問わず大なり小なり普遍的な価値観である。自立した圧倒的な強さによるエンパワメントではなく、弱さの中でもがきながらわずかに芽生える強くなりたいと願う心を表現したことで、若者世代のリアルな共感を集めることができたのである。
VIDEO
1stCDシングル「サイレントクライ」のサビの歌詞はこの弱さと強さの間の葛藤を象徴的に描いている。
お願い サイレントクライ
膝抱え 誰かに助けを求める前に
震える唇噛み締め 僕らは己の翼で
「病み系」が「地雷系」に接続する過程で
ここまで見てきたように、2018年前後の「病み系」はまだ世間的には物珍しい目で見られる、個性的で特徴的な対象であった。そこにそのスタイルにおけるロールモデルとして悲撃のヒロイン症候群というアイドルグループが現れ、さらに精神性・ファッション・メイクなどが一体となった“地雷系”というカルチャーとして定着していく時代的潮流の後押しを受けて支持を集めた。そして「地雷系」が元の精神性を離れてスタイルの一つとしてカジュアルにも受け入れられるようになったように、ヒロシン以後のアイドルシーンでは「地雷系」はアイドルグループのコンセプト・系統を表す言葉にもなっていく。ヒロシンが革新的な先駆者たる所以はこうしたところに求めることができるのである。